カギュ派(bka’ brgyud, Kagyu) は、チベット仏教四大宗派の一つ。名称どおり「口訣(口伝)=師資相承の教え」を重んじ、師から弟子へと実践中心に伝承されてきたことが最大の特徴です。伝統説明でも「カギュは口伝の連続性を強調する」と明記されます。
起源と系譜:ティローパ→ナーローパ→マルパ→ミラレパ→ガンポパ
インドの大成就者ティローパ(Tilopa)からナーローパ(Naropa)へ伝わった実践が、訳経僧マルパ・ロツァワ(1012–1097頃)に伝えられ、弟子ミラレパ(1052–1135)を経て、ガンポパ(1079–1153)が体系化しました。これがダクポ・カギュ(Marpa/Dagpo Kagyu)の中核で、後に諸分派へ展開します。
カギュ派では、ナーローパが編成した高度な密教実践群「ナーローパの六法」が特に重視され、以後の伝統に大きな影響を与えました。
教義と実践の要:マハームドラー(大印)と六ヨーガ
- マハームドラー(Mahāmudrā, 大印)
心の本性を直観・直証する究竟の行として、カギュ派の核心に位置づけられます。ガンポパは経•密(スートラ/マントラ)双方のマハームドラーを整理し、体系として提示しました。 - ナーローパの六法(六ヨーガ)
「内熱(トゥンモ)」「夢」「明光(光明)」「中有」「幻身」「意識移入」など、完成次第の実践群。カギュ派各伝統で重視され、道程を加速させる実修パッケージとして継承されています。
「四大・八小」:カギュ諸派の構成
ガンポパとその法嗣たちから四大カギュが、ガンポパの高弟パクモドゥパの門流から八小カギュが生まれ、歴史的に「四大・八小」と総称されます。
四大カギュ
- カルマ・カギュ(Karma Kagyu / Karma Kamtsang)
- バロム・カギュ(Barom Kagyu)
- ツァルパ・カギュ(Tsalpa Kagyu)
- パクドゥル(パグドゥル)・カギュ(Phagdru Kagyu)
八小カギュ(パクモドゥパ門流から展開)
ドゥリークン(Drikung)/タクルン(Taklung)/ドゥクパ(Drukpa, 旧称 Lingre)/ヤブザン(Yabzang)/トロプ(Trophu)/シュクセプ(Shugseb)/イェルパ(Yelpa)/マルツァン(Martsang)。現在は一部が主要系統として存続しています。
主要分派と拠点(ハイライト)
1) カルマ・カギュ:カギュ最大の系統
- 本座:チベットのツルプ寺(Tsurphu)(1187創建)/亡命後のルンテック寺(Rumtek, Sikkim)。ルンテックは16世カルマパが再興し、「法輪中心(Dharmachakra Centre)」として機能しました。
- 継承:指導者は歴代カルマパ(転生ラマ)。現代には第17世カルマパをめぐる見解の相違が知られます(系譜上の複数認定)。
2) ドゥクパ・カギュ:ブータンの国家的伝統
ザプドゥン(シャブドゥン)・ナムギャルがブータン統一の宗教基盤として確立。ブータンの宗教文化(ツェチュ祭など)にも深く根づきました。
3) ドゥリークン・カギュ
ドゥリークン・ティル(Drikung Thil)を総本山とし、開祖ジクテン・ゴンポ(Jigten Sumgön)が十二世紀に創始。五支マハームドラーとして知られる修道体系を伝えます。
4) タクルン・カギュ
タクルン・タンパが創始。現行の系譜も維持され、各地に拠点を持ちます。
代表的寺院・座(例)
- ツルプ寺(チベット/カルマ・カギュ):1187年、初代カルマパ・デュスム・キェンパが創建。
- ルンテック寺(シッキム/カルマ・カギュ):1966年、16世カルマパが亡命後の本座として落慶。
- ドゥリークン・ティル(ドゥリークン):1179年創建の本山。
学修の要点(実践者向け)
- 止観の統合:シャマタ(止)とヴィパッサナー(観)で土台を築く。
- 師資相承(グル・ヨーガ):「実践の伝統(Practice Lineage)」の名に象徴されるように、上師からの直伝を重んじます。
- マハームドラー & 六ヨーガ:段階的修習(前行→生起次第→完成次第)と組み合わせ、悟りの直観を培う。
注意:密教実践(伝授・灌頂・三昧耶)には正式な師資相承が不可欠です。独習は推奨されません。
他宗派との違い(ざっくり比較)
- ニンマ派:ゾクチェン(大完成)を最頂位に据える古派。
- サキャ派/ゲルク派:体系的なラームリム(道次第)や論書に強く、マハームドラーも教授されるがアプローチに差異。
- カギュ派:マハームドラーと六ヨーガを実践の核に、師資相承と瞑想の強調が顕著。
よくある質問(FAQ)
Q. カギュ派の「四大・八小」は今も全部残っていますか?
A. 歴史上は十二系統が挙げられますが、現在、活発に展開する系統とそうでない系統があります(例:カルマ、ドゥクパ、ドゥリークン、タクルン等)。
Q. マハームドラーはどこから学べますか?
A. 各系統の正式道場・師から伝授を受けるのが前提です。入門段階では止観や菩提心の実践から始めるのが一般的です。
Q. カルマ・カギュの拠点は?
A. チベットではツルプ寺、亡命後はルンテック寺(シッキム)が本座として整備されました。
まとめ:TIBET INORIの視点
カギュ派は、師から弟子へと生きた実践が脈打つ「口訣の系譜」。
マハームドラーと六ヨーガを核に、素朴で力強い瞑想文化を伝えてきました。TIBET INORIでは、各系統(カルマ/ドゥクパ/ドゥリークン/タクルンなど)の寺院ガイドや実践用語集を連載化し、内部リンクで学びの道を整理していきます。
