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チベット仏教におけるヨーガ ― 本尊ヨーガ・六ヨーガ・ツァルン(気脈)・トゥルコルを徹底解説

「ヨーガ」は本来、“結ぶ・統合する”を意味するサンスクリット yoga に由来します。
チベット仏教(密教/金剛乗) のヨーガは、いわゆるフィットネス的なポーズ中心の「ハタ・ヨガ」とは目的も方法も異なり、智慧(空の洞察)と慈悲(菩提心)を統合して悟りへ至るための、精緻な観想・呼吸・エネルギー(風=ルン)の訓練を指します。

本記事では、チベット仏教の代表的なヨーガである 本尊ヨーガ生起次第/完成次第ナーローパの六ヨーガ(六法)ツァルン(気脈)トゥルコル(Trülkhor/チベットの体動ヨーガ) を、初心者にも分かる言葉で体系的に解説します。

大前提:密教ヨーガの多くは正式な灌頂・伝授・三昧耶の遵守が必要です。ここでは学習用の全体像を示し、危険な独習を勧めません。

目次

1. 「本尊ヨーガ」とは?(生起次第の中核)

本尊ヨーガは、自己と世界を清浄な仏の相として観想し、マントラ曼荼羅を用いて心を鍛える代表的実践です。

  • 目的:不浄観(固定観念)を溶かし、純粋知覚(清浄観)を育てる
  • 要素:帰依・発菩提心 → 本尊・曼荼羅の観想マントラ誦功徳回向
  • 効果:日常の認知そのものを変え、完成次第の繊細なヨーガ(気・脈・明光)へと橋渡しをする

本尊ヨーガは生起次第(けいじさい)の中心。次段階の完成次第(くじょうじだい)が、いわば“内的エネルギーのヨーガ”です。


2. 生起次第と完成次第(最高ヨーガ・タントラの骨格)

生起次第(きざい)

本尊・曼荼羅・音(マントラ)・意(意味)を正確に観想し、清浄な自他観を安定させる段階。

完成次第(くじょう)

身体にそなわる気(ルン)・脈(ツァ)・滴(ティグレ)を活用し、大楽と空の不二光明(クリア・ライト)を直接体験する段階。
代表的要素:トゥンモ(内なる熱)明晰夢のヨーガ光明のヨーガバルド(中有)のヨーガ幻身のヨーガポワ(意識移送) など。

両段階は智慧(空)方便(慈悲・行)を統合する“二つの翼”として機能します。


3. ナーローパの六ヨーガ(六法)とは?

カギュ派を中心に広く伝わる完成次第の集大成で、のちに諸宗派で学ばれました。
ここでは内容理解のための要点のみ紹介します(実修は伝授必須)。

  1. トゥンモ(内なる熱のヨーガ)
    体内の風を集め温熱を生じさせ、光明の体験へ導く基幹法。
  2. 幻身(ギュルル/イリュージョン・ボディ)
    現象の実体性への執着をほどく、空と顕現の不二の訓練。
  3. 夢のヨーガ(明晰夢)
    夢の中で目覚め、夢もまた心の働きであることを直接学ぶ。
  4. 光明(クリア・ライト)のヨーガ
    心の最も微細なレベルの清明さを体験する。
  5. バルド(中有)のヨーガ
    死と再生の間(中陰)での気づきを磨く準備。
  6. ポワ(意識移送)
    臨終時に意識を清浄な境地へ移送する高度な観想。

六ヨーガは段階と依次が重要。師資相承のもとで安全に学びましょう。

カギュ派については、こちらの記事で詳しく解説しています。

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4. ツァルン(tsa-lung)とトゥルコル(trülkhor)

ツァルン(気脈のヨーガ)

  • ツァ(脈)ルン(風=プラーナ)ティグレ(滴)を調え、心の粗雑さを鎮めて明晰さを顕現させる。
  • 呼吸保持やバンダ系の要素を含むが、過呼吸・体調不良の危険があるため指導者の下で行う。

トゥルコル(チベットの体動ヨーガ/Yantra Yoga)

  • 呼吸と動作を同期させ、風の通り(循環)を整える体技。
  • 高度な観想やマントラと併用されることが多く、“動く瞑想”として日々の修行を支える。

5. 宗派ごとのヨーガ観(ざっくり比較)

  • ニンマ派九乗の枠組み。マハーヨーガ/アヌヨーガ(完成次第)と、アティヨーガ(ゾクチェン)は“本来の覚醒”への直知を強調。
  • カギュ派マハームドラーナーローパの六ヨーガの二本柱。
  • サキャ派ラムドレ(道果)で生起・究竟の統合を体系化。
  • ゲルク派中観正見×本尊ヨーガを厳密に整え、三尊(グヒヤサマージャ/ヤマーンタカ/チャクラサンヴァラ)などで完成次第へ。

6. 現代人のための安全な入口(在家向け)

密教ヨーガの中核は伝授前提ですが、基礎づくりとして以下は誰でも安全に実践できます。

  • 止観(シャマタ/ヴィパッサナー)の基礎:姿勢・呼吸を整え、注意と気づきを育てる
  • 菩提心の瞑想:自他を入れ替えて考える(トンレン)など、利他の動機を強化
  • マントラ誦:例)観音の六字真言 Om Mani Padme Hum(発音は師に準ずる)
  • 倫理(戒):嘘を減らす、怒りを鎮める、布施・忍辱を実践――心の土台が整うほど、ヨーガは安全で深まる

注意:呼吸停止や強度のバンダ、性的ヨーガ等の完成次第の要素は独習禁止。健康被害や心理的リスクを防ぐため、指導者の下で。


7. よくある誤解を解く(FAQ)

Q. チベットのヨーガは“ポーズ”が中心?
A. いいえ。観想・マントラ・気脈の運用が中心で、体動は呼吸と心を調える補助です。

Q. トゥンモは“体温上げゲーム”ですか?
A. いいえ。目的は光明の体験空の智慧の発現。体温変化は副次的現象です。

Q. 夢ヨーガは明晰夢の訓練ですか?
A. 近い側面はありますが、目標は夢=心の働きの直観と、生死夢幻を見抜く智慧の確立です。

Q. 独学で六ヨーガを始められますか?
A. 不可。伝授・誓約・段階が不可欠。まずは止観・菩提心・本尊ヨーガの基礎から。


8. 用語ミニ辞典(SEO向け)

  • 本尊ヨーガ:清浄観を育てる生起次第の中心実践
  • 生起次第/完成次第:観想段階と気脈段階
  • ナーローパの六ヨーガ:トゥンモ/幻身/夢/光明/バルド/ポワ
  • ツァルン:気(ルン)・脈(ツァ)・滴(ティグレ)のヨーガ
  • トゥルコル(Trülkhor):呼吸と動作の同調による体動ヨーガ
  • ゾクチェン:本来の覚醒を直知するニンマ派の最上法

まとめ ― TIBET INORIの視点

チベット仏教のヨーガは、空の智慧×菩提心を“身体・呼吸・心”のすべてで体現する統合的な修行体系です。

  • 日常では止観・菩提心・マントラで土台を築く
  • 正式な道では本尊ヨーガ→完成次第
  • 安全第一で師資相承を重んじる

TIBET INORIは、祈りの道具(マニ車・タルチョ・ガウ)と知のコンテンツで、日常から一歩ずつ“ヨーガ=統合”へ向かう学びをサポートします。

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