チベット仏教のカギュ派(カギュー派)の物語をたどると、必ず名前が現れる人物がいます。
それが マルパ(Marpa Lotsāwa/マルパ・ロツァワ)――別名 マルパ・チューキ・ロドゥー(Marpa Chökyi Lodrö) です。
マルパは「ロツァワ(翻訳者)」の名が示す通り、インドで受けた密教(ヴァジュラヤーナ)の教えをチベットに持ち帰り、翻訳と伝授を通して、のちに大きな流れとなる カギュ派の基盤を築いた人物として知られます。さらに有名なのが、大成就者ミラレパの師であること。ミラレパの波乱に満ちた生涯が語られるたび、マルパの姿は「厳しさ」と「慈悲」を同時にまとった存在として浮かび上がります。
この記事では、マルパの人物像・時代背景・インド渡航と師資相承(系譜)・ミラレパとの関係・カギュ派に残した核心(マハームドラーとナーローパの六法)まで、できるだけ正確に整理して解説します。
マルパの基本情報(要点だけ先に)
- 名前:マルパ・ロツァワ(Marpa Lotsāwa)/マルパ・チューキ・ロドゥー
- 時代:11世紀(一般に1012–1097頃)
- 出身:南チベットの ロドラク(Lhodrak)地方
- 役割:翻訳者(ロツァワ)/密教の伝授者/カギュ派の源流
- 主要な関係:師(インド側)・弟子(チベット側)を結ぶ“橋渡し”
- 代表的な弟子:ミラレパ(のちにガムポパへつながる)
「ロツァワ(翻訳者)」とは?|マルパの本質を示す肩書き
チベット仏教では、教えがインドから流入した時代に、サンスクリットの経典や口伝をチベット語へ移し替える 翻訳者(ロツァワ) が極めて重要な役割を担いました。
なぜなら、翻訳は単なる言語変換ではなく、修行体系を“チベットの地で実践可能な形”へ組み直す作業でもあったからです。
マルパが「翻訳者」と呼ばれるのは、彼がインド密教の重要な伝承を学び、持ち帰り、翻訳し、伝えた人物として位置づけられてきたためです。
時代背景|なぜマルパは“インドへ”向かったのか
マルパが生きた11世紀頃、チベット仏教史は大きな転換期にありました。
インドの密教的な修行(タントラ、成就法、瑜伽行)が盛んだった時代の“生きた教え”を求めて、多くのチベット人がインドやネパールへ向かったとされます。
マルパもまた、単なる知識ではなく、**直接の口伝(実践の伝承)**を得るために旅に出た人物として語られます。
マルパの生涯|「学びに行く者」から「伝える者」へ
1)ロドラクに生まれ、学問と言語を身につける
伝記的な語りでは、マルパは南チベット・ロドラク地方に生まれ、若い頃から学びを深め、翻訳に必要な言語能力(サンスクリットなど)を身につけたとされます。
2)インド・ネパールへ渡航し、密教の核心を学ぶ
マルパ最大の特徴は、複数回にわたってインドへ旅したと伝えられる点です。
そこで彼は、当時の密教の名だたる師たちの系譜につながる教えを学んだとされます。
ここで注意したいのは、マルパの師弟関係には「伝承上の語り」と「史料上の整理」が混ざりやすいこと。たとえば、ナーローパ(Nāropa) を直接の師とする語りは有名ですが、学術的整理では「間接的に系譜を受けた」可能性も含めて語られます。いずれにせよ、マルパが マハームドラー(大印) や密教修行の重要な伝統をチベットへもたらした存在であること自体が、カギュ派の自己理解の中心になっています。
3)チベットへ帰還し、翻訳と伝授を行う
インドで得た教えは、チベットに持ち帰られ、翻訳と口伝によって弟子たちへ手渡されます。
この「インドで学ぶ → チベットで翻訳し、伝える」という往復運動こそ、マルパの生涯の骨格です。
マルパとミラレパ|なぜ“厳しい師”として語られるのか
マルパといえば、ミラレパの物語の中で「苛烈な試練を課す師」として描かれることで有名です。
家を建てさせては壊させる、働かせては突き放す――こうした場面は、単なる精神論ではなく、**罪悪感・恐れ・執着の塊を抱えた弟子が、修行者として生まれ変わるための“容赦ない手段”**として語られてきました。
ただし本質は、意地悪ではありません。
マルパが厳しいのは、弟子を壊すためではなく、弟子の迷いを最後まで見抜き、最終的に受け入れるためです。ミラレパが「修行と成就の象徴」になった背景には、このマルパの“育て方”が強烈に刻まれています。
マルパが伝えた核心|カギュ派の背骨になる2つの柱
マルパの系譜が「カギュ(口伝)」として重視されるのは、彼が伝えた教えが 実践直結の体系としてまとめられていたからです。特に象徴的に語られるのが次の2つです。
1)マハームドラー(大印)|心の本性を見抜く道
マハームドラー(Mahamudra/大印) は、カギュ派の中心概念として知られます。
言葉を尽くした理屈というより、瞑想と体験を通して「心の本性」を直接に見ていく方向性が強い伝統として語られます。マルパはこの系譜の伝達者として位置づけられています。
2)ナーローパの六法|“生のエネルギー”を修行に変える
もう一つが ナーローパの六法(Six Yogas of Nāropa)。
詳細は専門領域になりますが、夢・眠り・内的熱など、人生のあらゆる局面を修行へ転換する発想が特徴として語られます。カギュ派が「ヨーガ行者の系譜」と見なされる背景にも、この実践体系が関わっています。
マルパから始まる系譜|ミラレパ、そしてガムポパへ
カギュ派の系譜は、しばしば
マルパ → ミラレパ → ガムポパ
という流れで語られます。
特にガムポパは、ミラレパの瞑想伝統と、別系統の修行体系を統合して「教団としての枠組み」を強めた人物として語られ、ここから多くのカギュ諸派が展開していきます。
よくある質問(FAQ)
Q1. マルパは「カギュ派の開祖」なの?
一般にマルパは、カギュ派の源流を築いた人物として非常に重要視されます。一方で、教団的な展開や枠組みが整うのはガムポパ以降と整理されることも多く、「源流(基礎)=マルパ」「展開(組織化)=ガムポパ」と捉えると理解しやすいです。
Q2. マルパの師はナーローパで確定?
伝承ではナーローパを直接の師とする語りが広く知られますが、学術的・伝記比較の整理では、間接的な系譜継承を含めて説明される場合もあります。重要なのは、マルパがインド密教の重要な系譜(マハームドラー等)をチベットへ伝えた“伝達者”として位置づけられている点です。
Q3. なぜマルパはミラレパにあれほど厳しかったの?
物語上は「罪と執着を抱えた弟子が、修行者として生まれ変わる過程」を象徴的に表現しているためです。厳しさの先に“受容と伝授”が置かれている構造が、マルパ=単なる冷酷な師ではない理由です。
TIBET INORIとのつながり|「口伝」と「祈りを形にする智慧」
マルパの人生が現代にも響くのは、彼が「信仰」だけでなく、実践としての道を重視した人物だからです。
遠い土地へ行き、学び、翻訳し、そして“生き方として伝える”。これはチベット仏教が大切にしてきた **「祈りを、暮らしの中で形にする」**という姿勢そのものでもあります。
TIBET INORIが届けたいのも、派手な神秘ではなく、
日々の心を整え、願いを思い出し、祈りを続けるための“きっかけ”です。
マルパのように、教えを「頭の中」ではなく「生活」へ渡す――その感覚は、いまの時代だからこそ価値があります。

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