チベット仏教、とくにカギュ派(カギュー派)の系譜をたどると、必ず登場する重要人物がナーローパ(Nāropa/ナローパ)です。ナーローパは、インド密教(ヴァジュラヤーナ)の実践者として語り継がれる大成就者(マハーシッダ)の一人であり、師であるティローパから受け取った口伝を、チベット側の翻訳者マルパへと結びました。
そしてナーローパの名を最も有名にしたのが、いわゆる「ナーローパの六法(六ヨーガ)」と呼ばれる、密教の完成次第(成就の段階)に関わる高度な実践体系です。
この記事では、ナーローパの人物像・時代背景・師弟関係・伝承(と史実の距離感)・六法の意味まで、できるだけ正確に解説します。
ナーローパの基本情報(まず押さえるポイント)
- 名前:ナーローパ(Nāropa/Nāropāda など)
- 位置づけ:インド密教(ヴァジュラヤーナ)の大成就者(マハーシッダ)、マハームドラーの伝承者として語られる
- 師:ティローパ(Tilopa)
- チベット側への伝承:マルパ(Marpa Lotsāwa)へ(カギュ派系譜の中心線)
- 有名な実践体系:ナーローパの六法(六ヨーガ/Six Dharmas)
注意点として、ナーローパの生没年や出身地などは、後世の伝記(聖伝)に依存する部分が大きく、資料によって揺れが見られます。正確さを重視するなら、「伝承としてこう語られる」ことと「研究上は確定しにくい」ことを分けて理解するのが大切です。
ナーローパは何をした人?|「学者」から「成就者」へ
ナーローパは、伝承上しばしば「大学僧院の学匠(学者)」から、修行の核心を求めて世を捨てた行者へと転じた人物として描かれます。チベット仏教の物語がこの転換を強調するのは、ここに「密教の核心」があるからです。
① 学問の頂点にいたが、それだけでは足りなかった
伝記では、ナーローパは優れた学僧として名声を得ていた一方で、「文字や理屈の理解」と「実際の悟り(体得)」のあいだに隔たりがあることに気づきます。ここで象徴的に語られるのが、ダーキニー(空行母)との邂逅です。
ダーキニーは、ナーローパが教えの「言葉」を理解しても、その「意味」を体得していない点を突き、ナーローパは真の師を探す決意を固める――この筋立ては、ナーローパ物語の中心モチーフとして繰り返し語られます。
② ティローパを探し、徹底的に「自我」を砕かれる
ナーローパが師ティローパに出会うまで、そして出会ってからも、数々の試練(「十二の苦行」など)を経たと伝承されます。これは単なる苦難譚ではなく、密教が重視する「師への信頼」と「執着の解体」を象徴的に示すエピソードとして位置づけられています。
ティローパの側から見ると、弟子を甘やかさず、概念上の理解に逃げる道を断ち、ナーローパが体験として悟り(マハームドラー)に触れるよう導く。ここにカギュ派が強調する「口伝(実践で受け取る智慧)」の精神があります。
カギュ派の系譜での重要性|ティローパ→ナーローパ→マルパ
チベット仏教(カギュ派)の系譜は、しばしば次の一本線で説明されます。
ティローパ → ナーローパ → マルパ(翻訳者) → ミラレパ → ガムポパ …
この流れの中でナーローパは、インドの成就者伝統をチベット側へつなぐ「決定的な結節点」です。ブリタニカも、ティローパの教えがナーローパへ、さらにマルパへと受け渡された流れを、チベット仏教の発展の文脈で説明しています。
また、マルパの伝記資料(Treasury of Lives)でも、マルパが学んだ師の一人としてナーローパが重要視されていることが示されています。
ナーローパの六法(六ヨーガ)とは?|「完成次第」の実践体系
ナーローパの六法(Six Dharmas/Six Yogas)は、密教の中でもとくに完成次第(成就段階)に関わる実践として知られます。一般に「悟りを加速させる道」として語られ、カギュ派では重要な中核修行の一つです。
ただし、ここは誤解が起きやすいポイントです。
- 六法は「すごい体験を得るための技」ではなく、執着のほどけた智慧へ向かうための実践として設計される。
- 多くの伝統で、灌頂(イニシエーション)や師からの口伝指導が前提とされる。
六法の代表的な構成(※流派や文献で多少の違いあり)
文献や伝統により細部は異なりますが、一般に次のような要素が中核に置かれます。
- トゥンモ(内なる熱のヨーガ):身体(気・脈・滴)の働きを用いて瞑想を深める枠組み
- 夢のヨーガ(夢瑜伽):夢の中で気づきを保ち、執着の根を扱う
- 光明(クリアライト):心の最も透明な相に触れるとされる実践
- 幻身:固い実体視をほどく方向で語られる(伝統により説明は幅がある)
- 中有(バルド):死と生の「あいだ」を含む、移行期の気づき
- ポワ(意識の移送):死の局面に関連して語られる(伝統により位置づけが異なる)
大事なのは、「六法を知識として覚える」よりも、なぜそれが必要とされ、何を目的にしているのか――つまり“苦と執着の根をほどくため”に体系化されている点です。
「伝承」と「史実」をどう扱う?|ナーローパ理解で大切な姿勢
ナーローパは、後世のチベット語伝記(聖伝)によって魅力的に語られてきた人物です。一方で、研究の観点からは、生没年や出身地、活動拠点などについて複数の説が提示されていることも指摘されています。
だからこそ、TIBET INORIのような一般向けの記事では、次の方針が誠実です。
- 物語(聖伝)として語られてきた核は尊重する
- ただし、確定しにくい点は断定しすぎない
- 「ナーローパ=六法の人」という単純化だけでなく、師弟関係(ティローパ)と実践体系(マハームドラー/完成次第)の文脈で捉える
この整理があると、スピリチュアル的な“すごい逸話”に引っ張られすぎず、仏教としての芯(修行の意図)を保ったまま理解できます。
よくある質問(FAQ)
Q1. ナーローパはチベットの僧侶?それともインドの人?
ナーローパはインド密教の成就者として語られる人物で、チベット仏教(とくにカギュ派)の系譜において重要視されます。
Q2. ナーローパの六ヨーガは誰でもできるの?
一般に六ヨーガは、密教の中でも高度な完成次第の実践として位置づけられ、灌頂や師の口伝が前提とされる説明が多いです。まずは基礎(戒・慈悲・瞑想・正見)や、日常でできる実践から土台を整えるのが現実的です。
Q3. 「十二の苦行」って本当に史実なの?
十二の苦行は、主に伝記(聖伝)の中で重要モチーフとして語られる部分です。史実として厳密に確定するというより、「師に出会い、概念的な自我が砕かれ、実践へ入る」ことを象徴的に表す物語として理解すると、チベット仏教の読み方に合います。
TIBET INORIとのつながり|“祈りを形にする”前に、祈りの方向を整える
ナーローパの物語がいまも人を惹きつけるのは、「奇跡」よりも、心の向きが変わる瞬間が描かれているからかもしれません。
学問の頂点にいながら、なお「足りない」と感じる。
名誉や立場を捨て、師を探し、徹底的に自分の執着と向き合う。
そして、悟りを“知識”ではなく“実践”として受け取る。
TIBET INORIが大切にしたいのも、派手な神秘ではなく、日常の中で心を整え、祈りを思い出し、願いを“正しい方向”へ置き直すためのきっかけです。
祈りの道具(マニ車やガウなど)も、持つこと自体が目的ではなく、心が戻る場所として働くとき、はじめて深い意味を持ちます。
まとめ|ナーローパは「師と実践を結ぶ」カギュ派の核心人物
- ナーローパは、ティローパの弟子として語られるインド密教の大成就者
- マルパへと伝承がつながり、カギュ派の系譜の要所になる
- 「ナーローパの六法(六ヨーガ)」は、完成次第の実践体系として広く知られる
- 伝承は魅力的だが、正確さのためには断定しすぎず、仏教としての意図(執着をほどく)を中心に据えるのが良い

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