**アティーシャ(Atīśa Dīpaṅkara Śrījñāna/ディーパンカラ・シュリージュニャーナ)**は、11世紀に活躍したインドの大師であり、
チベット仏教の「後弘期(こうぐ)」と呼ばれる復興期を切り開いた人物として知られています。
- 生まれ:おおよそ西暦982年頃、東インド・ベンガル地方の王家の子として誕生
- 活躍の地:インドの大僧院ヴィクラマシーラ、スマトラ(スリヴィジャヤ)、チベットなど
- 主な功績:
- チベットでの仏教復興の中心的役割
- **『菩提道灯論(Bodhipathapradīpa/菩提への道を照らす灯明)』**の著作
- カダム派の源流を開き、のちの**ゲルク派(黄帽派)**へと受け継がれる基盤を築いたこと
この記事では、
**「アティーシャとは誰か?」**を軸に、
その生涯・代表的な著作『菩提道灯論』・カダム派とラムリムへの影響を、
チベット仏教の歴史と教義の流れの中でやさしく整理していきます。
1. アティーシャの生涯 ― 王子から出家僧へ
王家に生まれた「チャンドラガルバ」
アティーシャは、インド東部ベンガル地方の**ヴィクラマプラ(Vikrampura)と呼ばれる場所で生まれ、
幼名をチャンドラガルバ(Candragarbha)**といいました。
- 父:王カリヤーナシュリー(Kalyānaśrī)
- 母:プラバーヴァティー(Prabhāvatī)
- 王家の第二王子として育ち、武芸・学問・芸術など、あらゆる教育を受けたと伝えられます。
しかし若き日のアティーシャは、
王位や世俗的な富よりも仏道の追求と衆生の幸せに強く心を動かされ、
やがて出家・修行の道へ進むことを決意します。
幅広い師と学派から学ぶ
アティーシャは、その後さまざまな師のもとで学び、
当時インドに存在したほとんどすべての仏教・非仏教の学派に通じていたといわれます。
特に有名なのは、以下の三つの系統です。
- 行(実践)の系統:アサンガ、ヴァスバンドゥに連なる大乗行派の流れ
- 見(見解)の系統:龍樹・チャンドラキールティに連なる中観派の流れ
- 訣(口伝・体験)の系統:ティローパ、ナーropaらの密教的体験の流れ
また、当時のインドを代表する大僧院である
**ヴィクラマシーラ寺(Vikramaśīla)やオダンタプリー寺などで学び、
やがてはヴィクラマシーラの大導師(パンディタ)**として尊敬される存在になります。
2. スマトラ(スリヴィジャヤ)での12年 ― 慈悲と菩提心の深化
アティーシャの生涯の中で重要な一章が、
スマトラ島(当時のスリヴィジャヤ王国)での12年におよぶ修行です。
- 師:ダルマキールティシュリー(Dharmakīrtiśrī)
- 主なテーマ:
- **菩提心(菩提を求める利他的な心)**の修行
- 大乗の慈悲と空性の統合
- 菩薩道を段階的に歩む**「道次第」の発想**
この時期に、
アティーシャは**「すべての教えを一つの道の流れとして整理する」視点を深めていきます。
これが後の『菩提道灯論』とラムリム(道次第)の原型**になったとされています。
3. チベットへの招請 ― 「後弘期」の中心人物として
グゲ王イェシェー・オーの招き
9世紀のランダルマ王の弾圧以降、
チベットでは一時期、仏教が大きく衰退したと伝えられています。
11世紀になると、西チベットのグゲ王国の王イェシェー・オー(Lha Lama Yeshe-Ö)が、
「純粋な仏教を再びチベットに根づかせたい」と願い、
多くの使節をインドに送り、アティーシャを招請しようとしました。
アティーシャは当初、インド側の事情から簡単にはチベット行きを承諾できず、
師や僧院の同意を得るまでに時間を要したと伝えられていますが、
やがてチベットの人々を利益することが自らの菩薩行であると理解し、
招請を受け入れる決心をします。
1042年、チベット到着と晩年の10年
さまざまな困難を乗り越えて、
1042年頃、アティーシャは西チベットに到着し、その後およそ10年間をチベットで過ごします。
- チベット各地で、戒律・菩提心・空性・密教の正しい位置づけを説く
- 当時みられた極端な密教実践(戒律軽視・誤解されたタントラ)を正し、
顕教と密教を統合した「純粋な大乗仏教」の枠組みを示した - チベット語への翻訳や注釈、弟子たちへの教授に専念
アティーシャは、晩年をチベットで過ごし、
ニェタン(Nyethang)付近で入滅したとされます。そこには現在もアティーシャゆかりの寺院が残っています。
4. 『菩提道灯論』 ― ラムリム(道次第)の原点
『菩提道灯論』とは?
チベットでの活動の中で、
アティーシャがとりわけ重要な著作として伝えているのが、
**『菩提道灯論(Bodhipathapradīpa/菩提への道を照らす灯明)』**です。
- 全67偈ほどの比較的短い偈頌形式
- **声聞乗・独覚乗・菩薩乗(大乗)**を、
一つの「道次第」として整理して示したテキスト - 後のチベット仏教におけるラムリム(道次第)文献のひな型となった
このテキストは、
「どのような資質の弟子が、どのような順序で、何を修行していくのか」
を非常に明快に示しており、
後世のチベットの大師たち――とくにツォンカパが書いた諸『ラムリム』の直接の源泉となっています。
三種類の弟子という整理
『菩提道灯論』には、
よく知られた**「三種類の弟子(下・中・上士)」**という分類が見られます。
- 下士(下等の者):今世・来世の善趣への転生を願うレベル
- 中士:輪廻そのものからの解脱を求めるレベル
- 上士:一切衆生を救うために**無上菩提(仏果)**を求めるレベル
アティーシャは、
この三種類の心構えに応じて、
段階的に教えを受け・修行を深めていくべきだと説きました。
この枠組みは、現代のラムリム入門書にもそのまま生きています。
5. カダム派とゲルク派への継承
心弟子ドムトンパとカダム派の成立
アティーシャのチベットでの最も重要な弟子が、
**ドムトンパ(Dromtönpa/ドムトン・ギェルワ・ジュンネ)**です。
- 戒律の重視
- 菩提心と慈悲の実践
- 顕教(スートラ)を基礎にした密教の統合
といったアティーシャの教えを受け継ぎ、
ドムトンパは**カダム派(Bka’-gdams-pa)**と呼ばれる伝統を形成しました。
カダム派からゲルク派へ
時代が下り、14世紀になると、
ツォンカパ(1357–1419)が、カダム派の教えを深く学びつつ、
中観思想・戒律・密教修行を統合する形でゲルク派を開きます。
- カダム派のラムリム的な整理の仕方
- 菩提心と空性を両立させるスタイル
- 戒律と学問を重んじる姿勢
これらは、ゲルク派にほぼそのまま継承され、
現代のチベット仏教(特にゲルク系の寺院や教え)にも色濃く残っています。
その意味で、
アティーシャは、ツォンカパ以前の「ラムリムの祖」、
カダム・ゲルクの源流と見なされているのです。
6. アティーシャの教えの特徴
1. 戒律を土台にした清浄な生活
アティーシャは、ヴィクラマシーラの大師としても知られる通り、
厳格な戒律遵守で有名でした。
- 出家者には、僧律を守ることを重視
- 在家者には、殺生・盗み・妄語などを避ける五戒を中心とした生活をすすめる
これは、
「どれほど高度な教義や瞑想を学んでも、
日常の行いが乱れていれば真の成果は得られない」
という一貫した考え方に基づいています。
2. 菩提心を中心に据えた大乗
スマトラでの修行を経て、
アティーシャは菩提心の重要性を特に強調するようになります。
- 自分の解脱だけでなく、すべての衆生の苦しみを引き受け、救おうとする心
- そのために仏果を目指す、という大乗菩薩の動機
『菩提道灯論』や、その後のカダム派の教えには、
この利他の菩提心がはっきりと刻まれています。
3. 顕教と密教のバランス
アティーシャ自身は、
密教(ヴァジュラヤーナ/タントラ)の教えや実践にも精通していましたが、
その扱い方は非常に慎重でした。
- 密教を基礎の三学(戒・定・慧)と菩提心の上に立つものとして位置づけ
- 戒律を軽視し、極端な行為だけを真似るようなタントラの誤解を正した
このバランス感覚は、
後のゲルク派にもそのまま引き継がれています。
7. 現代におけるアティーシャの影響
ラムリム文献として読み継がれる『菩提道灯論』
現代でも、『菩提道灯論』は
- ラムリム(道次第)入門テキスト
- 三種類の弟子・三乗を整理した短い指南書
として、多くの僧院・センター・在家学習者に読まれています。
また、
- ツォンカパの『菩提道次第広論』などのラムリム文献
- 現代のラムリム解説書
を学ぶ際にも、「原点を知るテキスト」として引用されることが多いです。
チベット仏教全体への「整理のしかた」としての影響
アティーシャが示した、
**「膨大な教えを、道のステップとして整理する」**という発想は、
チベット仏教全体の学びのスタイルを形作りました。
- 個別の経典・論書の寄せ集めではなく、
一人の修行者が歩むプロセスとして教えを並べる - 初心者から上級者までが、どの地点にいるかを自覚しながら進める
この「道次第(ラムリム)」という枠組みがあったからこそ、
今日のチベット仏教は、
教えの体系性と実践性が両立した伝統として世界に伝わっていると言えるでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. アティーシャはどこの国の人?
インド東部のベンガル地方出身です。
当時はパーラ朝の影響下にあった地域で、
多くの仏教僧院が栄えていた文化的な背景を持ちます。
Q2. アティーシャはどの宗派の祖師?
チベットの文脈では、
カダム派の源流を開いた師とされます。
のちにツォンカパがその教えを継承し、
ゲルク派の中にカダム派の伝統が取り込まれました。
Q3. アティーシャの代表的な著作は?
もっとも有名なのが**『菩提道灯論(Bodhipathapradīpa)』**で、
他にも中観・般若・菩薩道・タントラなどに関する多くの論書を著したと伝えられます。
Q4. アティーシャの教えは、現代の私たちにどう役立つ?
- 学びと修行をステップで整理するラムリムの発想
- 利他心を中心に据えた菩提心の実践
- 日常生活の中での倫理(戒律)を土台にした精神修養
これらは、現代の私たちが
「忙しい毎日の中でも、心を育てていく」ためのヒントとして、とても役立ちます。
用語ミニ辞典
- アティーシャ(Atīśa Dīpaṅkara Śrījñāna)
982年頃生まれのインドの大師。スマトラ・インド・チベットで活動し、チベット仏教後弘期の中心人物。 - 菩提道灯論(Bodhipathapradīpa)
アティーシャが著した「悟りへの道を照らす灯明」。ラムリム(道次第)文献の原点とされるテキスト。 - カダム派(Kadam)
アティーシャと弟子ドムトンパの教えを源とするチベット仏教の学派。後にゲルク派に受け継がれる。 - ラムリム(道次第)
仏道を「段階的な道筋」として体系的に示すテキスト群。ツォンカパの『菩提道次第広論』などが代表。 - ドムトンパ(Dromtönpa)
アティーシャの心弟子であり、カダム派を形成した重要な人物。
まとめ ― 「道を灯す人」としてのアティーシャ
アティーシャは、
- インド・スマトラ・チベットを結び、
- 膨大な教えを**「一人の修行者が歩む道」として整理し**
- 菩提心と戒律を土台にした純粋な大乗仏教のスタイルを示した
という点で、
まさにその名の通り、
**「菩提への道を照らす灯(ディーパンカラ)」**であったと言えます。
チベット仏教やラムリムを学ぶとき、
その基礎を築いたアティーシャの姿を思い起こしながら読むと、
テキストの一行一行が、より立体的に、
そしてあたたかく感じられてくるはずです。

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