ミラレパ(Milarepa)は、チベット仏教の歴史の中でも、とりわけ人々に愛されてきた行者(ヨーギン)です。
なぜなら彼の物語は、「才能がある人の成功談」ではなく、深い過ちを抱えた一人の人間が、悔い、浄化し、修行し、目覚めていく道そのものだからです。
チベットでは、ミラレパは「綿布(木綿)一枚で雪山に坐す修行者」として語られ、歌(道歌)で人を導いた存在として知られます。
代表的な作品が、伝記『ミラレパ伝』、そして道歌集『ミラレパの十万歌』です。
この記事では、生涯・師弟関係(系譜)・修行の要点・教えの核心・十万歌・巡礼地をわかりやすくお伝えします。
要点サマリー(まず結論だけ)
- ミラレパとは?
チベット仏教カギュ派を代表する大行者。師はマルパ、重要な弟子にガンポパ/レチュンパが挙げられます。 - 何がすごいの?
「深い罪(伝承では黒魔術)→徹底した浄化→洞窟での長期修行→悟り→歌で教化」という“変容の道”を体現した点。 - 読める代表作は?
『ミラレパ伝』『ミラレパの十万歌』。広く流布する形は後世(15世紀)の編纂が大きいことも押さえると、より公正に読めます。
ミラレパ(Milarepa)の基本情報

- 名前:ミラレパ(Mi la ras pa / Milarepa)
- 時代:11〜12世紀頃の人物として伝えられる(生没年は諸説)
- 位置づけ:カギュ派の理想的な修行者像(“実修の人”)として尊崇される
- 重要人物:師マルパ、弟子ガンポパ/レチュンパ(後のカギュ系統の要)
※ミラレパの物語は「史実の伝記」というより、修行の道を示すために語り継がれ整えられてきた“聖伝(ハギオグラフィー)”の性格を持ちます。ここを押さえると、信仰としても学びとしても、読み方が一段深くなります。
ミラレパの生涯(伝承の骨格)|「過ち」から始まる物語
ミラレパの物語は、最初から聖者ではありません。むしろ、出発点は痛々しいほど人間的です。
1)青年期:復讐と黒魔術(伝承)
伝承では、家の不幸や屈辱から深い怨みを抱き、ミラレパは復讐のために呪術(黒魔術)に手を染めたと語られます。
この場面は、史実としての検証が難しい一方で、「取り返しのつかない行為をした者が、どう生き直せるのか」という問いを、真正面から置いてきます。
2)悔悟:救いを求めてマルパのもとへ
やがてミラレパは悔い改め、師を求めてマルパ(Marpa)を訪ねます。
ここからが、この物語の骨格です。ミラレパの“救い”は、優しい言葉ではなく、現実の行為(身体・時間・苦しみ)を通じた浄化として始まります。
3)試練:塔を建て、壊し、また建てる
マルパはすぐに教えを与えません。
伝承では、塔を建てさせ、壊させ、また建てさせる──苛烈な労働と拒絶によって、ミラレパの心身を徹底的に“精錬”します。
ここがミラレパ伝の核心のひとつです。
「正しい教え」を受け取る前に、その教えを受け取れる器へと変わる。
ミラレパの修行は、いつも“先に生き方”が来ます。
4)伝授:六ヨーガとマハームドラーへ
十分に成熟した後、ミラレパはマルパからカギュの重要な伝統(例:ナーローパの六ヨーガ、マハームドラーなど)を授かったと語られます。
(※これらは本来、正式な伝授・戒(サマヤ)を伴う領域で、独学の対象ではありません)
5)洞窟修行:孤独の中で“心の本性”を見極める
伝承のミラレパは、洞窟での長期独居修行に入ります。
食を極限まで切り詰め、イラクサ(蕁麻)ばかりを食べ、「体が緑色になった」という象徴的な逸話でも知られます。
このエピソードは、極端さが注目されがちですが、本質はそこではありません。
ミラレパが削ぎ落としたのは、物質ではなく “心の言い訳” だったのかもしれない。
だからこそ、後の教えが、軽くないのに、やさしく響きます。
6)教化:歌(道歌)によって人を導く
悟りの後、ミラレパは即興の歌(道歌)で法を説き、人々を導いたと伝えられます。
「理屈」ではなく「生きた言葉」。
山、雪、風、飢え、恐れ、孤独──そうした現実の比喩で、仏教の核心を届けていくのがミラレパの魅力です。
師・弟子・系譜|ミラレパが“孤高の人”で終わらなかった理由
ミラレパの価値は、孤独の修行だけでは完成しません。
彼の背後には「師」、そして未来へ渡す「弟子」がいます。
- 師:マルパ(Marpa)
インドの実修伝統をチベットへ伝えた訳経僧として知られ、ミラレパを“行為の浄化→伝授”の順で導く存在として描かれます。 - 弟子:ガンポパ(Gampopa)
ミラレパの実修伝統と、別系統の道次第(修行の手順)を統合し、後世に大きく広がるカギュの流れを形づくった人物として語られます。 - 弟子:レチュンパ(Rechungpa)
隠遁修行の精神を色濃く継ぐ存在として、ミラレパ物語の中で重要な位置を占めます。
ミラレパの教え(思想)|「ミラレパ」を理解するための4つのキーワード

ミラレパの教えは、難解な概念の説明より、むしろ「生き方の方向」として受け取ると腑に落ちやすいです。
1)悔悟と浄化:過去を消すのではなく、引き受けて変わる
ミラレパの道は「罪をなかったことにする」物語ではありません。
悔い、浄化し、行為を変え、心を変える。
そのプロセスがあるから、救いが軽くならない。
2)師への帰依(グル・ヨーガ):自分の“こだわり”を溶かす
マルパへの全的な帰依が、ミラレパの道を開いた──これは伝承で繰り返し語られます。
帰依は盲信ではなく、むしろ「自分の狭さ」をほどくための手段として描かれます。
3)空(くう)と慈悲:世界を固めない、心を固めない
ミラレパの道歌には、無常や空の洞察が繰り返し現れます。
それは冷たい虚無ではなく、執着をほどいた先で立ち上がる、静かな慈悲として歌われます。
関連:空(くう)とは ― チベット仏教における空の思想を解説
4)簡素・孤独・継続:静けさは、積み重ねでしか育たない
洞窟修行の象徴が示すのは、「極端さ」ではなく「継続」です。
華やかさを捨てた場所で、毎日、同じことを続ける。
その積み重ねが、心を根こそぎ変えていく。
『ミラレパ伝』と『十万歌』|読むべき理由と“読み方のコツ”
『ミラレパ伝』

ミラレパの生涯をドラマとして描く代表的伝記。
「大罪 → 試練 → 修行 → 目覚め」という流れは、読む人の心の奥にある“やり直したい何か”に触れてきます。
『ミラレパの十万歌』

ミラレパが歌によって教えを説いたとされる膨大な道歌集。
歌は物語の中に織り込まれ、弟子や村人とのやりとりの場面で生きた形で響きます。
史実と伝承について(大事な一言)
現代に広く流布する『ミラレパ伝』『十万歌』は、後世(15世紀)にツァンニョン・ヘルカが整えた形が大きい、と理解されています。
これは価値を下げる話ではなく、むしろ 「何百年も読み継がれ、磨かれてきた鏡」 として読むための手がかりになります。
ミラレパゆかりの修行地・巡礼地(洞窟の記憶)
ミラレパの修行地として語られる場所は、いまも巡礼の対象になっています。
代表例として、ラサ周辺のドラカル・タソ、ラプチ、ネパール側のヨルモ(ヘルンブ)などが、伝承の中で重要な地名として挙げられます。
※巡礼や訪問は、治安・入域・季節・現地事情が変わるため、必ず最新情報を確認してください(この記事では一般的な伝承上の位置づけとして紹介しています)。
よくある質問(FAQ)|「ミラレパ」で検索する人がつまずく所
Q1. ミラレパは本当に黒魔術を使ったの?
伝承では、復讐のために呪術を使ったと語られます。
史実として断定は難しい一方で、物語の核は「深い悔悟と浄化を経て目覚めに至る」という点にあります。
Q2. ミラレパの歌は本当に即興?
伝承は即興性を強調します。
現存の形は後世の編纂を経ているとされ、文学としての完成度も高いテキストです。だからこそ、歴史資料としてよりも「修行の鏡」として読み継がれてきました。
Q3. ミラレパはカギュ派の“開祖”なの?
カギュの伝統の中で、ミラレパは決定的に重要な象徴的人物として位置づけられます。
ただし、カギュの展開(僧院的・学問的体系化)に大きく関わるのは弟子のガンポパなど後代の働きも含まれます。
Q4. ミラレパの教えを、日常でどう活かせばいい?
ミラレパの核心は、派手な儀礼よりも「戻る力」です。
心が乱れたら、欲や怒りに飲まれたら、また戻る。静けさへ。慈悲へ。
大きなことを始めなくても、一日の中に数十秒でも“祈りの置き場所”を作ることが、ミラレパ的な一歩になるとTIBET INORIは感じています。
TIBET INORIとのつながり|「祈りを形にする」ミラレパ的な暮らし方
ミラレパの物語は、遠い雪山の話のようでいて、実はとても近い。
私たちも毎日、後悔したり、言いすぎたり、うまくできなかったりします。
そのたびに「もうだめだ」と固めるのか、やり直す方向へ戻れるのか。
祈りの道具は、奇跡を起こすための装置というより、
戻るための“合図”になってくれることがあります。
たとえば、マニ車を回す数十秒。
ガウに触れて息を整える一瞬。
それは「私は今、どこに立っている?」と問い直す、小さな儀式です。
ミラレパが残したのは、成功の方法ではなく、
変わっていけるという証拠。
その温度を、暮らしの中でも失わないために——TIBET INORIは「祈りを形にする智慧」を大切にしています。

TIBET INORI 公式オンラインストア
チベット仏教に根づく祈りの道具を、日常に。
マニ車・ガウ・タルチョなど、祈りと願いを形にしたアイテムを揃えています。
